再生医学に関する研究
戸口田は、京都大学医学部附属病院で整形外科医として診療をしています。整形外科医が取り扱う病気は、骨・軟骨・神経・筋肉などに関連したものであり、これらはヒトの体を支えたり(骨格)、動かしたり(運動器)する機能を担っています。これらの骨格・運動器は、外傷、老化、がんなど、様々な原因によって、その機能が低下あるいは消失することがあり、日常生活に大きな支障を来します。整形外科では主として手術という方法により、損なわれた骨格・運動器の機能を取り戻すことを目指します。私たちは、手術だけでは機能を取り戻すことが困難な病態に対して、再生医学の知識・技術を応用して新しい治療法を開発することを目指しています。現在進行中のプロジェクトは下記の二つです。
間葉系幹細胞に関する研究
関節軟骨に関する研究
間葉系幹細胞に関する研究
失われた骨や軟骨が元に戻るためには、細胞による組織再生が必要となります。どのような細胞が最も適切なのかはそれぞれの組織によって異なりますが、わたしたちは骨細胞・軟骨細胞・脂肪細胞などの様々な細胞に分化する能力をもった幹細胞である間葉系幹細胞(Mesenchymal stem cell、MSC)を用いる治療を研究しています。MSCは、組織幹細胞(Tissue stem cell)あるいは体性幹細胞(Somatic stem cell)とよばれるものの一つであり、いろいろな組織の中に存在していますが、最も研究が進められているものが、骨髄から取り出されたMSCです。骨髄には、赤血球や白血球などの造血系の細胞と、それを取り囲む骨髄間質細胞(Bone marrow stromal cell、BMSC)があり、MSCはこのBMSCの中に存在するとされていますが、細胞表面マーカーなど、特定の”目印”となるものがまだ判っておらず、従って基本的な生物学的特性も明らかになっていません。それにも関わらず、既に様々な分野で臨床応用が進められているミステリアスな幹細胞です。
多能性幹細胞からのMSCの誘導
MSCを同定・分離するための方法の開発
MSCから骨や軟骨の細胞への分化の分子機構
MSCを安全に増やす方法
MSCを用いた骨再生医療の実践
1.多能性幹細胞からのMSCの誘導
胚性幹細胞(ES細胞)や誘導多能性幹細胞(iPS細胞)などの多能性幹細胞から、様々な培養法で、骨や軟骨に分化できる細胞が誘導されています。MSCの明確なマーカーが同定されていないために、誘導された細胞がMSCであると証明することができませんが、骨髄間質から単離した細胞と比較することで、MSCの本質に迫ることを目指しています。
2.MSCを同定・分離するための方法の開発
MSCを同定・分離するため、これまで様々な方法で、特異的な細胞表面抗原が探索されてきましたが、未だに決定的なマーカーは同定されていません。私たちは遺伝子を導入することでMSCを含む骨髄間質細胞を不死化し、単一細胞由来のクローンを解析することにより、分化能と関連した細胞表面抗原を単離することを試みています。
3.MSCから骨や軟骨の細胞への分化の分子機構
in vitroの培養系では様々な化合物を用いて、MSCを特定の方向に分化させますが、それぞれの化合物の役割は詳細には判っていません。MSCは生体内でどのようなシグナルを得て、どのような過程を経て分化していくのでしょうか?私たちは、DNAのメチル化、ヒストンのアセチル化などのエピゲノムに対する化合物の影響に注目し、分化方向特異的な遺伝子発現を指標にして、この機構を解明することを目指しています。
4.MSCを安全に増やす方法
ヒトのMSCを体外で培養するとほぼ30回分裂した時点で細胞は増殖を停止し、細胞老化という状態に至ります。私たちは細胞周期調節因子であるp16が、MSCの寿命を決定する大きな因子であることを報告しました。つまりp16の発現を抑制すればMSCの寿命が延長する可能性があります。しかし一方で、p16はMSCが癌化への道を歩まないように制御する役割も、もっていますので、恒久的にその発現を抑制してしまうとMSCは前癌細胞へと移行してしまいます。私たちはこの過程をモニターする方法を開発し、MSCを安全に増やす方法の開発を目指しています。
5.MSCを用いた骨再生医療の実践
MSCを用いた再生治療の第一歩として、骨壊死という難治性の病態を標的として、動物実験における有効性の検証、ヒト・ドナーよりのMSCの単離・培養・増殖行程の確立、そしてGMP水準の細胞培養施設を用いた臨床応用可能な細胞調整システムの整備というプロセスを経て、京都大学附属病院整形外科及び分子細胞治療センターとの共同研究として、臨床研究計画を厚生労働大臣に申請しました。審議の結果、臨床研究試験「大腿骨頭無腐性壊死患者に対する間葉系幹細胞を用いた骨再生治療の検討」及び「月状骨無腐性壊死患者に対する間葉系幹細胞を用いた骨再生治療の検討」の二つの課題が平成19年11月25日、正式に承認され、同年12月5日に第1例の治療が開始されました。今後2年の間にそれぞれの課題で10名づつ、計20名の治療を行う予定です。
関節軟骨に関する研究
関節軟骨の変性を主体とする病変である変形性関節症は、潜在的な患者を含むと、日本中で約3,000万人が罹患しているとされているcommon diseaseです。外傷や加齢を原因として損傷された関節軟骨は再生能力が乏しいために治癒が難しく、病態の進行を止める有効な方法はありません。近年、骨軟骨片の移植(モザイクプラスティー)や、軟骨細胞やMSCを用いた細胞治療も試みられていますが、局所的な損傷など適応病態が限定されています。私たちは、関節軟骨細胞に関する基礎的な研究の成果から、関節軟骨病変に対する新規の治療薬の開発を目指しています。
関節軟骨の細胞生物学
低分子化合物を用いた治療法の開発
1.関節軟骨の細胞生物学
軟骨細胞は体外での培養過程で、すぐにその性質を失ってしまいます。そこで私たちはp53遺伝子を欠如したマウスから樹立した細胞は高率にその性質を維持したまま不死化することを利用して、p53欠損マウスより不死化成長軟骨細胞株及び不死化関節軟骨細胞株を樹立しました。これらを用いて、細胞間の相互シグナルや、分化形質の相違に関連する因子の同定を試みています。これまでに、関節軟骨と成長軟骨の間の大きな相違の一つである、石灰化というトピックに関連して、成長軟骨細胞では細胞間接着因子であるカドヘリン-11が石灰化に関連した重要な分子であることを明らかにしました。
2.低分子化合物を用いた治療法の開発
私たちは、関節軟骨細胞の増殖を促す生理活性物質を探索する過程で、生体で合成される生理活性物質であるプロスタグランディンE2の4種類の受容体のうち、EP2受容体を介するシグナルが、マウス及びヒトの関節軟骨細胞の増殖を促し、修復を促進する事を発見しました。現在、臨床応用に向けての基礎データを得るためにEP2特異的アゴニストを用いた関節軟骨修復実験を行っています。









